マナスルとは
ヒマラヤにそびえる8000メートル峰の14座の一つであるマナスルは、1956年、槙有恒氏率いる日本山岳会登山隊隊員・今西寿雄氏により、世界で初めてその頂上を踏む事ができました。戦後、復興に力を入れていた日本人にとって、日本隊によるマナスル初登頂のニュースは、大きな希望として人々に感動を与えました。それ以降、地元サマ村の人々は、マナスル峰を「ジャパニーズ・マウンテン」と呼び、サマ村に訪れる日本隊に対して、大変親しみ深く接してくれました。数あるヒマラヤ峰の中でも、特に日本人にとって、縁の深い山なのです。

初登頂から50周年の記念にあたる2006年、野口健は、マナスルでの活動後、サマ村にて、村人達の大変な歓迎を受けました。野口の行なった清掃登山に影響を受け、村人による村の一斉清掃なども行い、野口隊隊員とも友好関係を築きました。しかし、そのような友好的な明るい村ですが、経済的には大変貧しくさまざまな問題があります。その一つが、教育です。村に一つある学校は全寮制です。全寮制にしなくては、貧しい家庭の親たちは、学校に通うより家の手伝いをすることを強いり、子ども達は学校に通えなくなってしますからです。しかし、その寮も、まるで馬小屋のようで、とても勉強する環境ではありません。寝泊りできる人数もぜんぜん足りないのです。

エドモンド・ヒラリー卿のように
エベレストに初登頂したエドモンド・ヒラリー卿は、エベレスト登頂後、ふもとの村々の福祉・環境保全活動を行いました。「ヒマラヤ基金」を作り、村に橋・学校・病院などをつくり、また、自然環境の大切さも啓蒙してきました。そうして、ヒマラヤの村人達の生活を支えたのです。私達は、ヒラリー卿のように、私達日本人に勇気と希望を与えてくれたマナスル峰への恩返しとして、サマ村のために活動していきたいと考えます。

今後の活動計画
サマ村での教育環境の改善・充実を図ります。子ども達が、勉強に励める環境を整え、村びとたちにも、教育の必要性を理解してもらいます。教育は子ども達に将来の職業の選択を増やし、夢を与えます。将来的には、環境の大切さを教える教育も与え、ネパールの持つ素晴らしさを教えていければと思います。
| 当面の目標金額 200万円 |
| ※ 100名ほどの子供が安全に寝泊りできる寮への改善・充実を2007年夏までに行なう。 |
| (現状25名ほどしか寝泊りできず、環境も劣悪である。) |
寄付金送り先
| みずほ銀行 市ヶ谷支店 普通 8035335 |
| 特定非営利活動法人セブンサミッツ持続社会機構 |

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