 |
野口さんの自己責任に関する発言、読ませていただきました。経験に基づいたお話で、清掃登山の際には危機管理もそこまで気を遣うのかと、感心させられました。
ですが、やはり登山と戦争を同列に論ずることに違和感も感じました。なにより今回の事件の特徴は無差別ではなく、あくまでも日本人を狙った誘拐事件でした。つまり相手に「意志」がありました。そこが、「無意志」である自然が相手の登山とは決定的に異なる点だと思います。もちろん人的犯罪も自然災害も、ある程度の予見は可能ですし、危険と思ったら近付かずに回避するのが懸命でしょう。しかし相手にこれまた「意志」があると、それも難しくなります。 事前準備が甘いという指摘も多いようですが、もし大使館などに事前に連絡すれば、登山であれば「くれぐれも気をつけて、行ってらっしゃい」となるでしょうが、イラクとなれば絶対に止められるでしょう。人質の方々が連絡しなかったのも、そのへんの事情があったようです。ただ、家族ときちんと意志疎通ができていなかった点は、批判されるべき点だと思います。少なくともイラクに行かせた以上、残った家族は野口さんのお父さんのような毅然とした態度を取るべきだったと感じます。情報や装備に関しても、絶対というものはない状況ですから、彼らが軽率だったというのは結果論のように感じます。実際、念入りに情報収集をして、高いお金をセキュリティに遣って、万全の(と思われた)体制でイラク入りしたコラムニストの方が、あっけなく強盗に捕まっていましたから。
では、そもそもイラクなんぞに行かなければいいという意見もあるでしょう。登山や海水浴では、わざわざ荒天の時に行けば、それこそ誹謗中傷の的です。しかし、戦争は激しくなればなるほど、第三者的な立場の人が現場にいなければいけないと思います。戦場で何が行われているのか。それを監視したり、世界に伝えたりしてもらわなければ、われわれ一般市民は思考停止に陥ってしまいます。もし戦場が当時者だけの空間になれば、それはまさに、戦争に勝利したものが好きなように振る舞い、都合のいいように「事実」を作り上げることができる場所になってしまいます。
すみません。気付いたら長文になってしまいましたが、以上のようなことを感じました。ほかの方の意見もいろいろ見させていただきます。
追・僕は上信越高原国立公園で自然解説活動をやっています。ボランティアですが。小笠原の都レンジャー、注目しています。行政と民間(現場)がパートナーシップを組むというのは、想像以上に難しいことですよね。野口さんもおっしゃっている、両者を結び付けるコーディネーター役がとても重要だという点、実体験からも同感です。ぜひ頑張って下さい。
|